製造業のDX・AI導入は、いきなりシステムを選ばない|As-Is調査からTo-Be像を描くまでの実践
製造業でDXやAIの活用を検討するとき、最初にシステムやAI製品を探したくなるかもしれません。 しかし、現在私が技術顧問として関わっている取り組みでは、いきなり製品選定から始めていません。
まず、現在の業務、情報共有、技術資料、人材育成、組織の状態を調べる As-Is(現状)調査から始めています。 その結果をもとに課題と改善候補を整理し、 将来どのような業務や組織を目指すのかという To-Be(あるべき姿)を描き、 そこへ近づくための施策を段階的に検討しています。
この記事では、まだ成果が確定していない 現在進行中の実践として、 製造業の技術部門でDX・AI導入を検討するときに、 どのような順序で課題を整理しているのかをご紹介します。
DX・AI実践シリーズ 第1回
システム選定の前に整理したい3つのこと
このシリーズでは、DX・AIの専門業者へ相談する前に企業側で整理しておきたいことを、 「現状」「人材・組織」「専門業者への依頼」の順に3回でまとめています。
STEP 1 As-Isから始める今回
システムを選ぶ前に、現在の業務・情報・人材・組織を確認する
DXを進める人材像と、仕事の与え方・育成・組織を見る
外部へ任せることと、企業側で判断することを分ける
この記事の位置付け
実際の企業で進めている検討をもとにしていますが、 守秘義務に配慮し、会社名、個人名、予算、調査結果、 システム構成など、企業を特定できる情報は掲載していません。 また、DX・AI導入の成功事例や成果保証を示す記事ではありません。
なぜ、いきなりシステムを選ばなかったのか
DXやAIの検討では、「どのシステムを導入するか」「どのAIを使うか」という話が先に出やすくなります。 しかし、現在の仕事の進め方や情報の状態が分からないまま製品を選んでも、 本当に解決すべき問題と導入する仕組みが一致するとは限りません。
特に技術部門では、次のような問題が重なっている場合があります。
- 業務の流れが担当者ごとに異なる
- 設計資料や検証資料が複数の場所に分散している
- メールやファイル共有を中心とした運用が続いている
- 最新版や正式版を判断しにくい
- 過去の知識が担当者の経験に依存している
- 業務改善、人材育成、情報システムの問題が混在している
この状態でAIを導入しても、参照する情報が不正確であれば正しい結果を期待できません。 また、システムで解決できる問題と、仕事の進め方や組織運営を変えなければ解決できない問題を 分ける必要があります。
最初に決めるのは製品名ではなく、何を改善したいのかです。
そのため、今回の取り組みでは、専門業者の支援を受けながら、 まずAs-Is調査によって現状を把握するところから始めています。
As-Is調査で確認している4つの領域
現状調査は、使用しているシステムを一覧にするだけでは不十分だと考えました。 そこで、業務・情報・人材・組織の4つの領域に分けて確認しています。
01
業務
- 開発・設計・検証の業務プロセス
- 担当者、承認者、関係部門の役割
- 重複作業、待ち時間、手戻り
- 属人化している業務
- 現場が困っていること
02
情報
- 図面・仕様書・検証資料の保存場所
- ファイル名、版管理、承認方法
- 必要な情報を検索できるか
- 過去資料を再利用できるか
- アクセス権限と機密情報の扱い
03
人材
- 現在保有している技術と能力
- 担当者ごとの経験差
- 引き継ぎとOJTの実態
- 今後必要になるスキル
- 本人が考える成長やキャリア
04
組織
- 部門内・部門間の情報共有
- 改善提案の出しやすさ
- 上司から部下への仕事の与え方
- 育成、権限委譲、フィードバック
- 経営方針や目標の共有
DXをシステムの問題だけとして捉えると、人材や組織に原因がある課題を見落とします。 一方で、すべてを意識改革の問題にすると、情報基盤や業務手順の不備を個人の努力へ押し付けてしまいます。 そのため、複数の領域を分けて調べ、最後に相互の関係を考える必要があります。
仮説を調査で確かめるために用意したもの
課題を整理するときに注意したいのは、 経営者、管理者、担当者が感じている問題を、そのまま事実と決めつけないことです。
例えば、「技術者が新しいことに挑戦しない」という意見があっても、 原因は本人の意欲だけとは限りません。
- 日常業務が忙しく、学ぶ時間がない
- 新しい仕事を任せる仕組みがない
- 上司が仕事を抱え込んでいる
- 必要な能力や成長経路が明確でない
- 失敗や挑戦が評価されにくい
- 他の部門や業務を知る機会がない
こうした可能性を確認するため、現在の取り組みでは、 次のような調査資料を用意しています。
| 調査資料 | 確認したいこと |
|---|---|
| 技術者スキルマップ | 共通能力、ハードウェア、ソフトウェア、機構などの領域ごとに、 現在の保有スキルと水準を確認する |
| 組織風土セルフチェック | 経営理念、職場活力、部門連携、改善提案、権限委譲、 人材育成などの状態を確認する |
| 仕事の与え方チェック | 管理者が仕事を抱え込んでいないか、目的や優先順位を伝えているか、 進捗確認や助言が適切かを確認する |
| 従業員満足度調査 | 仕事のやりがい、成長、キャリア、上司、組織風土、 人事施策、経営への認識などを確認する |
| 管理者・担当者へのヒアリング | 数値や選択回答だけでは分からない背景、具体例、 現場で困っていることを確認する |
これらは、個人を評価して順位を付けることだけが目的ではありません。 現在の業務に必要な能力が何か、どこに属人化があるか、 会社としてどのような育成や支援が必要かを考えるための材料です。
課題は、最初から決めつけず、仮説として置いて調査で確かめます。
As-IsからTo-Be像を描く
As-Is調査で課題を洗い出した後は、 すぐに個別の改善策へ進むのではなく、 将来どのような業務の状態を目指すかを考えます。
To-Be像は、「新しいシステムが導入された状態」だけを意味しません。 重要なのは、導入後に仕事がどのように変わり、 誰がどのように判断し、情報をどのように活用するかです。
例えば、技術部門のTo-Be像として、次のような状態が考えられます。
- 必要な技術資料を短時間で探せる
- 最新版、承認済み資料、旧版を区別できる
- 設計や検証の経緯を後から確認できる
- 担当者が変わっても業務を継続できる
- 過去の不具合や設計知識を再利用できる
- 技術者のスキルと育成課題を把握できる
- 改善提案を共有し、優先順位を付けられる
- AIを使う場合も、参照情報と確認責任が明確である
このTo-Be像を描くことで、 「現在ある問題のどれを先に直すのか」 「運用変更で対応できるのか」 「システム整備が必要なのか」 「専門業者へ何を依頼するのか」を考えやすくなります。
DXを進める技術者のあるべき姿も考える
DXやAI活用は、システムを導入すれば自動的に進むものではありません。 新しい仕組みを理解し、他の担当者と協力しながら、 業務の改善を続ける人材が必要です。
私は過去に技術部門の人材育成を検討した際、 技術者に必要な能力を専門技術だけではなく、 次のような領域に分けて考えました。
| 能力の領域 | 内容の例 |
|---|---|
| 専門技術 | 設計、開発、検証、固有技術、仮説構築、評価 |
| 業務横断力 | 他工程・他部門への理解、複合的な問題への対応、情報共有 |
| ヒューマンスキル | コミュニケーション、自主性、自律性、環境変化への対応 |
| 事業理解 | 顧客ニーズ、製品価値、市場、収益、事業化への理解 |
| 推進・管理力 | 計画、見積り、リーダーシップ、プロジェクト推進、後進育成 |
ただし、すべての技術者に同じ能力を求めるものではありません。 専門性を深める人、複数分野をつなぐ人、 プロジェクトを進める人、新しい事業を考える人など、 本人の適性と会社の人材構成に応じた複数の成長経路が必要です。
また、過去に考えた技術者像を現在の会社へそのまま当てはめることもできません。 現在の製品、業務、人員構成、経営方針を調べたうえで、 その会社に必要な技術者像を検討する必要があります。
施策を短期・中期・長期に分ける
As-IsとTo-Beの差が分かった後、 すべての課題を一度に解決しようとすると、 費用も現場の負担も大きくなります。
そのため、改善策を次のように段階分けして検討します。
短期
現在の運用を整える
- 保存場所や命名方法を整理する
- 最新版や承認済み資料の扱いを決める
- 重複作業や不要な作業を見直す
- 調査結果から優先課題を決める
中期
情報共有と業務基盤を整える
- 業務フローと役割を見直す
- ナレッジや技術資料の共有基盤を検討する
- スキル把握と教育計画を結び付ける
- 必要なツールやシステムを比較する
長期
データ活用とAI活用へ進む
- 蓄積した情報を検索・再利用する
- AI活用候補業務を選ぶ
- 小規模な検証を行い、効果とリスクを確認する
- 本格導入の可否を経営判断する
短期で改善できる運用まで、すべてシステム導入で解決しようとする必要はありません。 一方で、運用だけでは限界がある課題については、 中長期の投資として検討する必要があります。
AI導入は最初ではなく後段で検討する
AIの活用は今回の最終的な検討対象の一つですが、 現状調査より前に導入方法を決めているわけではありません。
AI活用を考える前に、少なくとも次の点を整理する必要があります。
- どの業務の、どの問題を改善したいのか
- AIが参照する情報はどこにあるのか
- 情報は正確で、最新版を判定できるのか
- 機密情報をどの環境で扱うのか
- AIの回答を誰が確認し、責任を持つのか
- 効果を何で評価するのか
これらを整理したうえで、仕様作成支援、帳票作成、 過去資料の検索、設計レビュー支援など、 候補となる業務を洗い出します。
その後、限定した範囲で試行し、 精度、作業時間、情報管理、現場での使いやすさなどを評価してから、 本格導入を判断するという順序が必要だと考えています。
専門業者と私の役割
私自身が、AIシステムや業務システムをすべて設計・実装するわけではありません。 現在の取り組みでは、DX・AIの専門業者に支援を依頼し、 フェーズ1の現状分析を共同で進めています。
その中で、私が企業側の技術顧問として行っているのは、主に次のような役割です。
- 経営側と技術部門から現状を聞く
- 課題を業務、情報、人材、組織に分けて整理する
- 調査票、チェックシート、スキルマップなどの検討材料を準備する
- 専門業者へ何を調べてほしいか、支援内容を整理する
- 調査結果を経営判断につながる形にまとめる
- As-IsからTo-Be像、改善施策、ロードマップへつなげる
- 経営側、現場、専門業者の認識の違いを整理する
専門業者に任せることと、企業側で判断すべきことを分けるのも、 DX推進に必要な仕事だと考えています。
同じような段階で整理をお手伝いできること
企業ごとに業務、組織、資料、課題が異なるため、 今回の進め方を、そのまま別の会社へ当てはめることはできません。
ただし、次のような段階で何から考えればよいか分からない場合には、 現在の状況を伺い、課題や確認事項を整理するお手伝いができる可能性があります。
- DXやAIを検討したいが、目的が定まっていない
- 専門業者へ何を依頼すればよいか整理できていない
- 現状調査で何を確認するべきか考えたい
- 経営側と技術部門の認識を整理したい
- As-IsからTo-Be像を検討する順序を整理したい
- システム投資を決める前に論点を整理したい
- DX推進に必要な技術者の役割や育成課題を整理したい
システム開発やAI導入作業を請け負うサービスではなく、 まずお話を伺い、私が対応できる内容かどうかを確認します。
企業・技術部門の方へ
DX・AI導入について、何から考えるかを一緒に整理します
現在の状況や相談内容が整理されていなくても構いません。 内容を確認し、対応できる範囲かどうかをお返事します。
まとめ
製造業のDX・AI導入では、最初からシステムやAI製品を選ぶのではなく、 現在の業務、情報、人材、組織を調べることが出発点になります。
- As-Is調査で現在の状態を把握する
- 課題を決めつけず、ヒアリングや調査票で仮説を確かめる
- 業務だけでなく、技術者のスキルや組織風土も確認する
- 将来の業務と組織のTo-Be像を描く
- 改善策を短期・中期・長期に分ける
- AIは、利用する情報と責任の所在を整理した後に検討する
- 専門業者と企業側の役割を分け、段階ごとに経営判断する
現在はまだフェーズ1の途中です。 今後、As-Is調査からどのような課題が整理され、 To-Be像と改善施策へつながったのかについても、 守秘義務に配慮しながら記録していく予定です。
よくある質問
As-IsとTo-Beとは何ですか?
As-Isは現在の業務や組織の状態、To-Beは将来目指す業務や組織の状態です。 現状と目標の差を整理することで、必要な改善策を考えます。
最初からAI製品を選ばないのはなぜですか?
改善したい業務、利用する情報、情報管理、確認責任が整理されていないと、 AIを導入しても目的と手段が一致しない可能性があるためです。
技術者全員に同じ能力が必要ですか?
いいえ。専門性を深める人、複数分野をつなぐ人、 プロジェクトを進める人など、適性と会社の人材構成に応じた 複数の成長経路が必要だと考えています。
システムの開発や導入も依頼できますか?
私自身がシステム開発やAI導入作業を請け負うサービスではありません。 現在の状況を伺い、課題、選択肢、専門業者へ確認すること、 次に判断することを整理します。
DX・AI実践シリーズ
第1回|As-Isから始める (この記事)
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